2017年9月22日金曜日

第三話 行動分析学の大家、大野浩二教授の登場

ふたたび現在の亜場(あば)高校にもどります。

好菜(すきな)は、図書館で辞書にむかっていました。

「不安全、ってことは最初に“安全”の意味を調べなきゃ…」
安全を辞書でしらべると「危険がなく安心なこと」と書いてありました。
でも、やはり危険がなく安心なこと、が具体的にはわかりません。そもそも安心って?

そこで、安心をしらべると「気にかかることがなく心が落ち着いていること」と。

(つまり安全とは身の危険がなく気にかかることがなく、心が落ち着いていること、なのね)
好菜は、これらをメモすると、次に“行動”をしらべるべく辞書をめくりはじめました。

すると、頭上から
「じゃ、身の危険がなく気にかかることがなく、心が落ち着いているような行動じゃないものが不安全で、それをじぶんらが防ぐわけか…」
おどろいて顔をあげると、頭上に馬場拓人(ばばたくと)の顔が・・・。

「えっ、なに?突然。しかもひとのメモかってにのぞいて!」

拓人にひるむようすはありません。
「ごめん、ごめん、一生懸命しらべているみたいだったから、つい。
じぶんもS-SAS(エスサス)委員会のあと、気になっちゃって、今日あさいちで図書館で調べたんだけど、どうも、考え出したら、安全やら行動がなんだかわからなくなって・・・」

拓人はなおもつづけます。
「メモを見ていて気がついたんだけど、これって、はじめに不安全ってものがあるわけじゃなくて、じぶんたちが防いだ結果、その行動が不安全、ってことになるんじゃないかな?」
「な、なにいってんの?」

「つまりさ、じぶんらが防いだ結果、それが不安全な行動だったという解釈になるんじゃない?
もともと不安全な行動があるわけじゃなくてね。
うーん、じぶんで言っててもわかりにくいなあ」

(・・・これだから、あたまのいいやつの考えてることはわからない!)
だまっている好菜をちらりと見てから、拓人はたちあがり、

「そこでだ、原須(はらす)さん、今日時間があるんだったら、つきあってもらえないかな」
と好菜のメモを閉じてしまいました。

「えっ?なに?」

「じぶんのおじさん、行動分析学って学問の権威なんだよね。
自分も原須さんとおなじ、その辞書で調べたんだけど、よくわからなくなって。
昼休みもここに来てたんだけど、結局、S-SASのメンバーで今日図書館にあらわれたの原須さんだけだったよ」

「そうなんだ、私と拓人くんだけか・・・」
「ほかのメンバーは気にならないのかな。
おじさんの大学はここからそんなに離れていないから、いっしょに行ってよ」

ぺこりと頭を下げた拓人の態度は意外にまじめなもので、好菜はちょっとおどろきました。
(内申点ばかり気にするガリ勉くんかと思っていたけど、それほど悪い人ではないかもね)

行動分析学という耳なれない学問もそうですが、やはりS-SASのメンバーになったからには行動についても知りたいと思い、好菜は拓人と一緒に行くことにしました。

1時間後に好菜と拓人は私立波理洲(ばるす)大学四号館、文学部心理学科研究館に到着しました。

「…そういえば、なんで?満人(みつと)くんといっしょにくればよかったんじゃないの?
せっかくおじさんに会うんだから」
そういうと、

「いやいやいや、おじさんがおおさわぎするのが目にみえるから。
じぶんら秀才イケメンふたごのことが大好きなんだ、あのひと…。」
と拓人が苦笑いします。

すると、突然、背後からハイテンションな声が。

「おお!拓人!拓人じゃないか!」

両手で発泡スチロールのどんぶりをかかえた品のよさそうな紳士が足早に(といっても中のスープがこぼれないよう気をつけながら)近づいてきました。

「ついに結婚するのか!あいさつか?おじさんにあいさつか?
そのひとがおくさんなのか?
じゃあ、結婚式ではおじさん、はりきって、“かどたち音頭”を…」

「おじさん!!」
拓人が、そのおじさんなるひとの言葉をさえぎります。
「おじさん、結婚式って・・・あの、じぶんまだ16才なんですけど。
それに、かどたちなんとかって…なに?」

「かどたち音頭ってのはな…」

そこで、おじさん、はっとわれにかえります。
「おお、これは、大変失礼いたしました。わたくし、拓人のおじで大野浩二(おおのこうじ)ともうします」

どんぶりは平行に保ちつつ、ふかぶかと好菜におじぎをします。
まるで、どんぶりに祈りをささげるような奇妙なあいさつでした。

(あいさつだけじゃないけどね…奇妙なのは。いったい、このひとなにもの?
・・・って、おじさんだよね、拓人くんの。・・・大学の先生だよね)

好菜はあっけにとられて、おじぎをかえすこともことばを発することもできずにぼんやりとただただ立ちつくしたままでした。

数分後、3人は大野浩二教授の研究室にいました。
のびてしまうからどうぞ、というまでもなく、研究室につくとすぐ大野教授はコンソメスパにとびつきました。

「いや、とうぜん冗談だよ。拓人はまだ16だもんな。おじさん、そんなこと知っていたよ」
はっはっは、と笑いながら大野教授は、ズルズルとおいしそうにパスタをほおばっています。

(よほど空腹だったのね…、まあ、たしかにおいしそうだけどね)
とろみのあるコンソメスープに、コーンとなぜかわかめが入ったパスタは大野教授の好物のようです。
わき目もふらず一心に食べています。

そのため、来客用のコーヒーは不器用な手つきで、拓人みずからいれています。

「さて、それで、拓人が私をたずねてきた理由をうかがおうかな。
そのまえに、そちらのかわいらしいおじょうさんはどなたかな?」

おなかが満たされたのか、大野教授はさっきとはうってかわって、にっこりとおちついた声で聞いてきました。

好菜が自己紹介し、ことのしだいをはなしおえると、
「なるほど。行動とはなにかってね…」

すっと立ちあがると、大野教授は本棚から1冊のやや小さめの本を取り出しました。
表紙には「行動の応用‐すばらしい人間理解のために‐ 大野浩二著*1」とあります。

(すご!本をかいてるんだ!)

「行動には、明確な定義がありますよ」
大野教授は、よくとおる声で本のなかの一文を読みはじめました。
「行動とは、環境の中で生体がすること(Pp.9)、となってますね。
生体とは、生命を持つ独立した個体をさすことばで、有機体あるいは生活体ともよぶことがあります」

大野教授はなおも
「そして、私の専門である行動分析学における行動の定義には死人テストというものがあります」
と続けます。

「行動は生きている“生体”が示す変化であり、“死体”でも起こりうることは行動ではありません。
たとえば、“食べる”というのは死人にはできませんから行動です。
でも、“寝ている”というのは死人にもできますから、行動ではないんです。
これが、“寝る”という動作になると、行動ですけどね」

「ふうん、なるほどね…。そっちはすっばらしく明確にわかったな」

好菜も同感でした。
行動の意味がすーっと頭のなかにはいってきました。

(変わっているけど、とてもあたまの良い人だわ、大野教授って。教授だからとうぜんか)

「そっちはわかった、って?じゃ、もっとわからないことがあるってことか、拓人?」

「うん、さっきはなした不安全な行動、の不安全のほうなんだ」
拓人はさっきのセリフをくりかえします。
「不安全な行動を防ぐのか、不安全は防いだ結果なのか、それがわからないんだ」

すると、大野教授、いきなり大声で、
「拓人!さすが私のじまんの甥っこ!」
と、たちあがったのです。

「それは循環論というんだ。行動のダメな説明にもあるんだよ。
勉強しないのは性格が怠惰だからだ、じゃあ、なぜ怠惰かというと勉強しないからだ、
というわけだ」

「えっ、じゃあ、なぜ行動が不安全なのかというと、不安全に行動するからだ、ってこと?」

「そのとおり!」

「その説明は…つまり…」

「循環論…ダメってことだ」

好菜は、またまたふりだしに戻ったことを察して、どんよりとにごった超濃厚コーヒーをどんよりと口にいれました。


*1:本物の本を読みたい方は、こちらをご参照ください
「行動の基礎―豊かな人間理解のために(改訂版)」(2016).小野浩一著.培風館


2017年9月15日金曜日

第二話 S-SAS発足の話

今回は、S-SASが誕生したいきさつをおはなしします。
ハッピーな誕生秘話とはいえませんが、S-SASを語るうえでとくに重要なことですので、あえてとりあげました。

ときは6年前の5月中旬にさかのぼります。
そのころ亜場高校といえば、ちょっとかわった教育方針がおおいに話題になっていました。
「現場でいかせる若い才能をはぐくむ」と銘打って、産業界に速攻でおくりこめる人材の育成にのりだしていたのです。

もちろん、ふつうの進学校として大学受験対策も行っていましたが、やはり設備管理科、マシンセィフティー科、ビジネスマネジメント科、ビジネスリーダー養成科、ファッションリーダー科など、聞きなれない学科に、周囲の人々は興味津々でした。
ときおり、マスコミが取材に訪れたり、新聞に記事が掲載されたり、とにかく注目されていました。

そして、自由な校風で生徒ものびのびとしており、毎月開催される亜場高校の対外イベントも非常に個性あふれる楽しいものでした。
その評判は、じょじょに口コミでひろがり、開校3年後にはたいへんな数の訪問者が毎月おしよせるようになっていました。

「さあ、みなさん!寄っていってください!おしゃれなペンダントをつくりませんか?」
マシンセイフティー科の男子学生が、廊下で人に声をかけています。
木版をまるく切りとり、それを訪問者たちが色をつけてアクセサリーにする人気のブースでした。

その男子生徒のよびこみに何人かの小学生らしき女の子たちが気づきました。
ねえ、いってみようよ」
「私ね、このまえもかわいいペンダントつくったんだよ」
言いながら、工作機械室にはいっていきます。

なんとその中には、当時10才だった小学生の好菜がいました。
好菜には真理(まり)という姉がおり、亜場高校のマシンセイフティー科の2年生でした。
この日は、機械のデモンストレーションを行うということで、好菜たちを招待してくれていたのです。

部屋のなかにはすでに真理と観客が数人いて、実演をまちうけています。
好菜たちが入っていくと、背たけほどの透明なついたての向こうの男子学生が、20cm角の木版を手にしています。

「あ、尊(たかし)くんだ・・・。」
ついたての向こうにいるのは、真理の同級生であり、幼馴染でもある和渡(わと)尊でした。
どうやら、次のデモンストレーションは彼が行うようです。

「それでははじめましょうか。
まず、このボール盤という機械にホールソーという歯をつけて木版をまるくくりぬきます。
そのあと、みなさん好きな色をぬって、お持ちかえりしてください」
尊は、何度かやっているらしく、てなれたようすでボール盤の電源を入れました。

ウィーンと音がして、ホールソーを木版にあてます。
少しすると、木屑が出はじめました。
「よし、もうすぐだ」

そのときです!
「あっ!!」
「きゃあ!!」

まるくくりぬいたとたん、のこりの木版が見ていた人々のほうにふっとんでいきました。
木版はゴーン!と大きな音をたててついたてにあたり床におちました。
人には当たらず、おおごとにはならなかったのですが、ついたてが割れてしまい小学生の一人のうえにたおれていきました。

顔面蒼白で立ちつくす尊。

するとまたしても悲劇が!

尊のはめていた軍手が、ホールソーの歯にあたり、手が持っていかれます。
そう、ショックのあまり尊はあやまって歯にさわってしまったのです。

「あぶない、尊!軍手はずして!!!」
真理が大声をあげます。
「うわっ!やばっ!」
すんでのところで、尊は軍手を外すことができて、こちらも大事にはいたりませんでした。

じつは、好菜、このけがした女の子のとなりに立っていたのでした。
そして、さらに好菜のとなりに真理がいました。

好菜も、目の前でおきた事故に、ただびっくりして言葉なくたちつくすばかりでした。

女の子は、すぐさま医務室にはこばれ、手当てをうけました。
養護教諭である羽田伊津子(はたいつこ)がため息まじりに言います。

「かすり傷ができてしまったわね。
でも、これはラッキーなのよ。
一歩まちがえば、大きなけがにつながっていたかもしれなかったんだから」

最近ね、
と羽田はつづけます。
「重くはないんだけど、対外イベントの弊害というか、ケガしただの、あたまが痛いだの、気分が落ちこむなんていう生徒が増えているのよね。
みんなそれぞれ個別に頑張っているけど、限界かも・・・。
だれかが全体を見ていて、まとめていかないと

その後、亜場高校ではこの問題が大きく取りあげられました。
何人かの先生は、対外イベントを中止することを提案しました。

しかし、当時の亜場高校校長である布礼伊治也(ふれいちや)は、
「対外イベントを中止しても、根本的な解決にはならない。
ここは、生徒たちの自主性にまかせ、彼らに解決法をかんがえてもらおう」
といいました。

布礼校長は、工作機械室にいた和渡尊、原須真理、そして廊下で呼びこみをしていた角立宗作(つのだてそうさく)にはなしをきいていました。

「和渡くん、今回はたいへんこわい思いをしただろう?」
「はい。今でも思いだすとふるえます」
「今回の件で、なにか思うところはあるかね?
「はい、反省すべき点がたくさんあります」

そして、尊は、木版をクランプで固定しなかったこと、自分がなれていると油断したことを校長に話しました。

すると、真理が
「尊・・・いえ、和渡くん、もう一つ重大なことがあるの。
あのとき、和渡くんは軍手をはめていたわね。
ドリル類を使うときには、軍手ははめてはいけないのよ」

「えっ!そうだったのか、知らなかった・・・ではすまされないな」
尊は、しゅんと肩を落としてしまいました。

ふたたび、真理。
「でも、校長先生、和渡くんをかばうわけではないのですが、ドリル類使用の際は軍手を使用しないこと、というのはいままで授業で一回言われたきりです。
あとは実習でもとくに繰り返して教えてもらっていないので、忘れている人や重大さをわかっていない人はおおぜいいると思います」
まあ、2年だから実習もまだそれほど多くないんですけどね、とつけくわえた。

「なるほど・・・。
ひんぱんに対外イベントがあるから、機械を使ってお客さんに対応しなければならない。
でも、機械使用の実習をする前だから、十分な知識がないというわけですね。
これは、学校側にも反省すべき点がありますね」

「あの・・・」
今まで、ひとこともしゃべらず部屋のすみにいた角立宗作が小さな声で言います。
「あの透明なついたて、昨夜まではちがうものだったんです」

布礼校長は宗作のほうにからだをむけます。
「角立くん、どういうことかな?」

「前の日の夜、オレが見たときには、あのついたて、塩ビじゃなくて、ちゃんとポリカのやつだったんだ」

「え?」
真理はおどろきます。
「それ、ほんとうなの?」
「ほんとうだよ。オレ、ちゃんとさわってみたし、押して確認したから」

ここで、解説しましょう。
宗作が言っている、塩ビとは塩化ビニルの、ポリカとはポリカーボネート、つまりどちらも透明な素材をさしています。
通常、物があたるのを防ぐには、塩化ビニルではなく粘度の高いポリカーボネートを使用します。
塩ビだと今回のようにわれてしまう可能性があるからです。
同じ厚さであればポリカは塩ビに比べると変形量が大きいため、宗作のように押してみるとその違いがわかります。

「いったい、だれが?」
「それも調査しないといけませんね」
布礼校長は、少し深刻に言いました。

そのとき、3人の担任である江戸都留満(えどつるみ)が校長室に入ってきました。
「布礼校長、今、工作機械室の責任者に話を聞いてきたのですが、ここ最近ホールソーの歯の点検をしていなかったようなのです。
5月の連休があって、3週間点検がない状態でした」
「そうですか」

「でも、オレも使うまえにきちんと歯の状態を調べなかったから・・・」
と、ますますうなだれる尊・・・。

「さて、どうしましょう。
みなさん、このようなことが二度とおきないためにはどうしたらいいとおもいますか?」
布礼校長は3人にたずねます。

真理が、顔をあげてはっきりと答えます。
「生徒たちで、自主委員会を作って、安全を守るべきです。
今回のことは、いろいろな原因があっておきています。
誰かが全体的にみまわりをしないといけないと、ここ数日かんがえていました」

「ふうむ、そうですね。
では、臨時の生徒総会を開いて、それを提案してみてはいかがでしょうか」

というわけで、その数日後、生徒総会がひらかれ、満場一致でS-SASの発足にいたりました。
個々に訪問者対応をしている現状に、みんな限界を感じていたのです。

初代センターには、原須真理がえらばれました。
和渡尊、角立宗作もメンバーになったのはいうまでもありません。
学校のカリキュラムの問題もあり、生徒たちと連絡をはかるために江戸が顧問におちつきました。

そのころの好菜といえば、尊、宗作がたびたび自宅に訪れるのを興味深く見守っていました。
3人とも、どうすれば生徒たち、訪問者たちが安全に行動できるかについて日々はなしあっていたからです。

好菜は、漠然と
(お姉ちゃんってすごい!・・・かっこいい!)
と思っていました。


第一話 不安全行動ってどういうこと?

(うーん。なんだかなあ、ほんっとなにも知らなかったんだなぁ、わたし)
原須好菜(はらすすきな)はうなだれて廊下をとぼとぼと歩いていました。
はじめて委員として参加した “School Safety and Security (通称SSAS、エスサス) の第一回ミーティング終了直後のことです。

SSASは過去のある事件が契機になって、生徒たちが自主的に結成した「亜場(あば)高校全生徒の不安全行動を防ぐ」ための委員会です。
ある事件がなんなのかは、のちほどおつたえするとして

好菜の通う私立亜場高校はKY市に10年前に新設されました。
比較的新しいせいか校風も自由で、先生も生徒の自律意識をかなり尊重してくれます。
超ユニークなアイデアであっても、なんとか実現させてあげようと苦心しているようです。
好菜もそこが気にいり、入学を決意したのでした。

そして、そんな好菜の高校生活も1年を過ぎたころ、はじめて念願のSSASの委員に選ばれました。

亜場高校は、10月の学祭をはじめ、5月は春祭り、6月は梅雨祭り、7月は夏祭り、8月は暑気払い、9月はお月見祭りなどなど、ほかにもさまざまなイベントが企画されています。
その規模と創意工夫には定評があり、年をおうごとに周囲の注目を集めています。

運営は生徒にいっさいおまかせというイベントも少なくありません。
その生徒のガード役を一手にになうSSASは、活動内容もさることながらイベントごとにデザインした制服がかっこいいと評判なのです。

毎年、新2年生がSSASの中心として運営するのが慣例とされています。
会場の整備、人員の整理はもとより、イベントの進行から各競技の審査に至るまでSSASが指揮をとり、めまぐるしく活動します。
イベントの成功はSSASに左右されるといっても過言ではありません。

もちろん通常の生徒会も存在しますが、SSASに関してはイベントに思い入れのある一部の生徒の熱烈な自主参加がほとんど、という特殊性があります。
通常であれば文化祭実行委員会といったところですが、亜場高校では毎月開催されるイベントを対象としているため、かなり忙しいのです。

そして、なによりぶっちゃけ、SSAS委員の内申点もかなり高得点です。
これをねらい、立候補する者も多数いるとかいないとか(どっちなんだ?)。

しかしながら、あくまでSSASの最大にして不可欠な目的は、亜場高校全生徒の不安全行動を防ぐために自警的な活動をおこなうことです。

「はぁ私もさいしょはさ、委員になってうれしかったし、やってやろう!って思っていたけどさ
好菜は廊下からみえるグランドを見おろし、大きなためいきをつきました。

好菜も、SSASに並々ならぬ熱意がありました。
2年になったら、かならずSSASの委員になって活躍すると心にきめていました。

そして、今日がSSASの第一回委員会の日だったのです。
はりきって当日を迎えた好菜だったのですが、SSASのスタートは全くイケていないものでした。

えっ?だれもわかってない?安全っていったい、なに?
・・・私、わかっていないと不安なのよね。」
委員のひとり、となりのクラスの布野麗(ふのれい)が小さくささやきました。

彼女が、
「全生徒の不安全行動、っていうまえに、安全、ってなんなのかな?」
とみんなに質問をなげかけて約60秒後のことでした。
だれも彼女の問いにこたえなかったのです。

好菜も、
(言われてみれば、安全ってなんなのか考えたことなかったな)
とがく然としていました。
(知らないのに委員会に出てきちゃったよやばい)

そのとき、直前に委員長(通称センター)に任命された清野京香(せいのきょうか)が顔の前で両手をあわせてふかぶかと頭をさげました。
「ご指摘ありがとう、麗ちゃん。
私、安全ってどういうことなのかきちんと考えたことなかったわ。
それなのにセンターになってうかれちゃってた。
なんか、みんな、ごめん!」

その発言で、SSASのおもい空気は一変しました。
気まずい思いをしたのは自分だけではないと、みんなは逆にほっとしたのです。
「うへー、オレもやばいよ、こんなんでSSAS出てきちゃってさ」
「そうだよ、このまま無言で時間がすぎると思ったら、ひやあせもんだったよ」
と、口々にリラックスしたようすです。
「しょうじき、オレ、清野さんがセンターになってうかれた、ってほうがおどろくわ」
と関係のないツッコミをするものも

数分後、京香がふたたび、
「じゃあさ、今日はひとまず顔あわせってことで終わりにしない?
そのかわり、さ来週までにみんな安全、不安全でもいいけど、それってなんなのかしらべてきて、また話しあわない?」
と提案し、
「そうだね、それがいいかも」
SSASは満場一致でいったん閉会に、となるかと思われました。

ところが、ふたたび麗がいいます、
「あのー、じゃあ、ついでに行動の意味も調べない?私、よくわからない。
・・・私、わかっていないと不安なのよね。」

そう!
SSASの白板にはでかでかと「SSAS=全亜場校生の不安全行動を防ぐ!」がありました。
SSASが発足して6年がたちますが、これはずっと変わらないモットーです。

学校の教育方針なのか、SSASの先輩たちの教育的配慮なのかはわかりませんが、SSASには、資料や口頭でのひきつぎもなく、代々このモットーだけが受けつがれています。
そのため、好菜たちも自分たちが何をどうやればいいのかを自分たちで見つける必要があるのです。

好菜がSSASのメンバーになったときに、顧問ともいうべき3年生のもとSSASメンバーたちは2年のメンバーに向かって、こう言いました。
「ここからは、あなたたちがSSASを仕切っていくのよ。
自分たちなりのSSASで全校生を守ってあげて。
ゼロからイチへのスタートなのよ」

好菜は、今さらながら先輩たちの言葉の重みをかみしめていました。

さて、好菜たちの委員会にもどります。
行動ってなに、と言われ、メンバーたちはふたたび沈黙してしまいます。

しばらくすると、
「行動ね、ふうーん、そうね、ひとことで定義するとしたらいったいなんなんだろうね」
入学していらい、成績学年トップレベルをほこる馬場拓人(ばばたくと)が神妙にかんがえこみます。

好菜はひそかにこの馬場拓人は内申点ねらいでSSASに立候補したとにらんでいました。
そして、そんな彼をひそかに、いや、おおいに軽蔑していたのでした。

すると、拓人のふたごの弟、満人(みつと)が突然こんなことを言いだしました。
ちなみに、彼も入学以来トップレベルの成績をキープする秀才なのです。
「行動っていや、オレたちのおじさん、行動なんとか学の権威じゃね?・・・なんだっけな?なあ、なんだっけ、拓人?」
「・・・えっと、あれだ、行動群、じゃなくって、行動岩石・・・っていうか行動だよ、行動!」

(知らないって言えないの?むだにプライド高っ!それに、行動岩石ってなによ!)
と心の中でささやく好菜・・・。

けっきょく、SSASはさ来週の第2回までに、安全または不安全、そして行動を調べてくることを宿題にようやく閉会したのでした。

つぎの日の放課後、好菜は図書室にむかいました。

「やれやれ、これから調べていくとするか」
だれにともなくつぶやくと、好菜はグランドのサッカー部員たちに目を向けました。
みんな、いちもくさんにボールを追って走っています。

「サッカーは ボールを相手ゴールに手を使わずに入れること なんだよねぇ」
こんなふうに、ちゃんと言えるのか?安全を?行動を?
好菜は、大いに悩んでいました。

2017年9月13日水曜日

あらすじ

このブログでは、私立亜場(あば)高校に通う原須好菜(はらすすきな)がSchool Safety & Security(通称S-SAS(エスサス))という学校の自主委員会活動をつうじて「安全」を行動分析学的に考えていく物語を公開していきます。

最初は、全生徒の安全な行動とはなにかを考えるところから始まりますが、じょじょに学校だけではなく、さまざまな職場での作業現場などで安全や行動分析学について考えたり、体験したりしていきます。

さらに,ストーリーが進むなかで、機械安全の専門家や行動分析学者が登場し,お互い協力しあって作業現場や学校の安全文化を構築していきます。

現在、高校生である方も、職場の安全について日々業務で取り組んでいる方も,好菜と一緒に安全を行動分析学的な側面から考えてみませんか。


第五話 リスクとはなにか

「リスクとは…。」 清水教授は、今度は薄すぎるコーヒーマグを片手にホワイトボードに向かい立ちあがりました。 「安全か、危険かという考えかたとは少しちがって、どの程度までの危害の大きさを許容できるか、ということなんです。 いいですか、命を落とすような状態と...