(うーん。なんだかなあ…、ほんっとなにも知らなかったんだなぁ、わたし)
原須好菜(はらすすきな)はうなだれて廊下をとぼとぼと歩いていました。
はじめて委員として参加した “School Safety and Security (通称S‐SAS、エスサス)” の第一回ミーティング終了直後のことです。
S‐SASは過去のある事件が契機になって、生徒たちが自主的に結成した「亜場(あば)高校全生徒の不安全行動を防ぐ」ための委員会です。
ある事件がなんなのかは、のちほどおつたえするとして…。
好菜の通う私立亜場高校はK県Y市に10年前に新設されました。
比較的新しいせいか校風も自由で、先生も生徒の自律意識をかなり尊重してくれます。
超ユニークなアイデアであっても、なんとか実現させてあげようと苦心しているようです。
好菜もそこが気にいり、入学を決意したのでした。
そして、そんな好菜の高校生活も1年を過ぎたころ、はじめて念願のS‐SASの委員に選ばれました。
亜場高校は、10月の学祭をはじめ、5月は春祭り、6月は梅雨祭り、7月は夏祭り、8月は暑気払い、9月はお月見祭りなどなど、ほかにもさまざまなイベントが企画されています。
その規模と創意工夫には定評があり、年をおうごとに周囲の注目を集めています。
運営は生徒にいっさいおまかせというイベントも少なくありません。
その生徒のガード役を一手にになうS‐SASは、活動内容もさることながらイベントごとにデザインした制服がかっこいいと評判なのです。
毎年、新2年生がS‐SASの中心として運営するのが慣例とされています。
会場の整備、人員の整理はもとより、イベントの進行から各競技の審査に至るまでS‐SASが指揮をとり、めまぐるしく活動します。
イベントの成功はS‐SASに左右されるといっても過言ではありません。
もちろん通常の生徒会も存在しますが、S‐SASに関してはイベントに思い入れのある一部の生徒の熱烈な自主参加がほとんど、という特殊性があります。
通常であれば文化祭実行委員会といったところですが、亜場高校では毎月開催されるイベントを対象としているため、かなり忙しいのです。
そして、なによりぶっちゃけ、S‐SAS委員の内申点もかなり高得点です。
これをねらい、立候補する者も多数いるとかいないとか…(どっちなんだ?)。
しかしながら、あくまでS‐SASの最大にして不可欠な目的は、亜場高校全生徒の不安全行動を防ぐために自警的な活動をおこなうことです。
「はぁ…私もさいしょはさ、委員になってうれしかったし、やってやろう!って思っていたけどさ…」
好菜は廊下からみえるグランドを見おろし、大きなためいきをつきました。
好菜も、S‐SASに並々ならぬ熱意がありました。
2年になったら、かならずS‐SASの委員になって活躍すると心にきめていました。
そして、今日がS‐SASの第一回委員会の日だったのです。
はりきって当日を迎えた好菜だったのですが、S‐SASのスタートは全くイケていないものでした。
「…えっ?だれもわかってない?…安全っていったい、なに?
・・・私、わかっていないと不安なのよね。」
委員のひとり、となりのクラスの布野麗(ふのれい)が小さくささやきました。
彼女が、
「全生徒の不安全行動、っていうまえに、安全、ってなんなのかな?」
とみんなに質問をなげかけて約60秒後のことでした。
だれも彼女の問いにこたえなかったのです。
好菜も、
(言われてみれば、安全ってなんなのか考えたことなかったな)
とがく然としていました。
(知らないのに委員会に出てきちゃったよ…やばい)
そのとき、直前に委員長(通称センター)に任命された清野京香(せいのきょうか)が顔の前で両手をあわせてふかぶかと頭をさげました。
「ご指摘ありがとう、麗ちゃん。
私、安全ってどういうことなのかきちんと考えたことなかったわ。
それなのにセンターになってうかれちゃってた。
なんか、みんな、ごめん!」
その発言で、S‐SASのおもい空気は一変しました。
気まずい思いをしたのは自分だけではないと、みんなは逆にほっとしたのです。
「うへー、オレもやばいよ、こんなんでS‐SAS出てきちゃってさ」
「そうだよ、このまま無言で時間がすぎると思ったら、ひやあせもんだったよ」
と、口々にリラックスしたようすです。
「しょうじき、オレ、清野さんがセンターになってうかれた、ってほうがおどろくわ」
と関係のないツッコミをするものも…。
数分後、京香がふたたび、
「じゃあさ、今日はひとまず顔あわせってことで終わりにしない?
そのかわり、さ来週までにみんな安全、不安全でもいいけど、それってなんなのかしらべてきて、また話しあわない?」
と提案し、
「そうだね、それがいいかも」
とS‐SASは満場一致でいったん閉会に、となるかと思われました。
ところが、ふたたび麗がいいます、
「あのー、じゃあ、ついでに行動の意味も調べない?私、よくわからない。
・・・私、わかっていないと不安なのよね。」
そう!
S‐SASの白板にはでかでかと「S‐SAS=全亜場校生の不安全行動を防ぐ!」がありました。
S‐SASが発足して6年がたちますが、これはずっと変わらないモットーです。
学校の教育方針なのか、S‐SASの先輩たちの教育的配慮なのかはわかりませんが、S‐SASには、資料や口頭でのひきつぎもなく、代々このモットーだけが受けつがれています。
そのため、好菜たちも自分たちが何をどうやればいいのかを自分たちで見つける必要があるのです。
好菜がS‐SASのメンバーになったときに、顧問ともいうべき3年生のもとS‐SASメンバーたちは2年のメンバーに向かって、こう言いました。
「ここからは、あなたたちがS‐SASを仕切っていくのよ。
自分たちなりのS‐SASで全校生を守ってあげて。
ゼロからイチへのスタートなのよ」
好菜は、今さらながら先輩たちの言葉の重みをかみしめていました。
さて、好菜たちの委員会にもどります。
行動ってなに、と言われ、メンバーたちはふたたび沈黙してしまいます。
しばらくすると、
「行動ね、ふうーん、そうね、ひとことで定義するとしたらいったいなんなんだろうね」
入学していらい、成績学年トップレベルをほこる馬場拓人(ばばたくと)が神妙にかんがえこみます。
好菜はひそかにこの馬場拓人は内申点ねらいでS‐SASに立候補したとにらんでいました。
そして、そんな彼をひそかに、いや、おおいに軽蔑していたのでした。
すると、拓人のふたごの弟、満人(みつと)が突然こんなことを言いだしました。
ちなみに、彼も入学以来トップレベルの成績をキープする秀才なのです。
「行動っていや、オレたちのおじさん、行動なんとか学の権威じゃね?・・・なんだっけな?なあ、なんだっけ、拓人?」
「・・・えっと、あれだ、行動群、じゃなくって、行動岩石・・・っていうか行動だよ、行動!」
(知らないって言えないの?むだにプライド高っ!それに、行動岩石ってなによ!)
と心の中でささやく好菜・・・。
けっきょく、S‐SASはさ来週の第2回までに、安全または不安全、そして行動を調べてくることを宿題にようやく閉会したのでした。
つぎの日の放課後、好菜は図書室にむかいました。
「やれやれ、これから調べていくとするか」
だれにともなくつぶやくと、好菜はグランドのサッカー部員たちに目を向けました。
みんな、いちもくさんにボールを追って走っています。
「サッカーは “ボールを相手ゴールに手を使わずに入れること” なんだよねぇ」
こんなふうに、ちゃんと言えるのか?安全を?行動を?
好菜は、大いに悩んでいました。
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